【オヤジ独白】
東大安田講堂で20日行われた市民公開フォーラム。お母さんと出掛けた。主催者側によると、申し込みは定員800人に対し、715人。早めに出掛けたので、前のほうに座った。
福島智先生の話は、事前にいくつかの論文や本で”予習”しておいたので、すんなり入れた。冒頭、この間出演した、NHKの番組でのお笑いコンビ「爆笑問題」とのやり取りがスクリーンに映し出され、先生はその時のやり取りについて解説した。
関西人らしく、聴衆を笑わせようとするサービス精神は健在だ。
スイミングクラブに入ろうとしたが何度も断られ、ようやく認められたことから、見栄を張って前金で1年分の会員費(介助者を含め2人分)25万円を払ったが、大学での仕事が忙しくて結局年間5回しか行けず、1回5万円とかなり高い水泳になった、というのは大爆笑だった。
そもそも、水泳を始めるに当たって、自分の腰にひもを巻き、20~30㍍のロープでつないでボートに乗った介助者に持ってもらい、初めて海で気持ち良く泳ぐことができたそうだ。その話を聴いて、別の目が見えない人も泳ぎたいというので、3人で同じように泳いでいたところ、それぞれのロープが絡み合って、どのロープがだれのかわからなくなり、おぼれそうになったこと(実際、かなり深刻な状況だったかも知れない)など、健常者には分からないことばかりで、しかも聴衆はドッと湧いた。たとえは悪いが、鵜飼いの鵜のひもがもつれて、鵜がアップアップしているような光景が浮かんだ。鵜はアップアップしないか。
さまざまなバリアは、未来永劫、完全には取り除けないが、バリアフリーへの可能性のカギになるのは、コミュニケーションである、という、自らの体験に則った主張はその通りだと思った。
目が見えず(視覚なし)、耳も聞こえない分(聴覚なし)、そのほかの三つの感覚が健常者の数倍も発達していると思われ、そこに天性の明るさと好奇心、さらにはわれわれ健常者が持ち得ない、五感以外の特別な感覚などが研ぎ澄まされて、先生という無二の存在が形成されているのだろう。
その後のパネルディスカッションも聴いた。
パラリンピックの水泳で、首にかけられないほどたくさんの金メダルを取っている成田真由美さんは、とてもやさしい語り口で、しかもウィットに富んでいて、とても良かった。
テレビでは、水泳で活躍する姿しか見たことがなかったが、障害者として感じる日常のバリアについての話しは、まさに彼女の等身大の言葉。もっと発信したり、紹介すべきだと強く思った。
さて、きょうは夏至。そして、父の日。子どもたちは、声を大にして言わないと、まったく気づいていないようだ。
「今晩、なに食べる?」。あみもだいあも、二日遅れのお母さんの誕生日のための夕ごはんのことしか頭にないようで、父の日のことなんか、まるで頭にない。
まあ、母の日に比べれば、父の日なんて、刺身のつまのような存在だ、わが家ではずっと。
しゃあない、これは。あきらめるしかないが、誇れる「家族力」がうれしい。